健康と鍼灸

中国の伝統医術の一つで、鍼術(しんじゅつ)ともいう。針の字をあてることもあるが、縫い針などと区別するため、日本では一般に鍼の字を用いる。鍼とは、細長い金属をも意味するが、治療法としての鍼は、体表上の経穴(けいけつ)(いわゆる「つぼ」で、穴(けつ)ともいう)に鍼を接触、あるいは刺入し、適当な治療的影響を与えようとするものである。used trucks for saleを経穴に接触、刺入し、その鍼を細かく震わせたり(震顫(しんせん)法)、出入させたり(雀啄(じゃくたく)法)する。このとき、いくつかの経穴が組み合わされる(取穴法)。 中国最古の医書『黄帝内経(こうていだいけい)』を構成している「素問(そもん)」の九鍼十二原篇(へん)には9種類の鍼があげられている。これによると、当時において鍼とよばれていたもののなかには、今日の外科用メス、瀉血(しゃけつ)用のused truck(鎗(やり)型の刃)、擦過圧迫などに用いる円鍼(えんしん)なども含まれ、さまざまな用法や治療法があったと考えられる。また、同じく「霊枢(れいすう)」の経筋篇には、筋肉の治療を目的として火鍼(かしん)(鍼を焼いて刺すこと)を用いることが記されている。「素問」の異方方宜(ほうぎ)論には、腫(は)れ物に対して石(へんせき)(石の刃)を用いるとある。これがいまでも使われている「薬石効なく」という語の基であるという。 日本に鍼術がused truck for saleしたのは欽明(きんめい)天皇23年(562)で、呉(ご)の知聡(ちそう)がもたらした『明堂図(めいどうず)』(鍼灸(しんきゅう)書)が契機と伝えられる。したがって、日本での鍼の歴史も、1000年をはるかに超えているわけである。その後、大宝律令(たいほうりつりょう)(701)では、医師の身分を定めた「医疾令(いしつりょう)」のなかで、鍼師、鍼博士、鍼生等の制が設けられている。江戸時代になると、本道(ほんどう)と雑科の医が置かれ、前者は内科、後者は外科、鍼科、口科、眼科、小児科であった。 2. 鍼の実技 鍼においては、治療点として経穴および経絡(経穴の機能的な連絡系)が重視される。経絡は臓腑(ぞうふ)(現在でいう内臓およびその機能)とつながるused trucksであり、そのなかを「気血」とよばれる「生きるためのエネルギー」が流れて全身を巡っている。この流れの露頭が経穴で、ここに病気の反応が現れる。この部位を知り、治療をするのが鍼の基本となる。おもな鍼の手法としては、〔1〕捻鍼(ねんしん)、〔2〕打鍼(だしん)、〔3〕管鍼(かんしん)があげられる。捻鍼は現在でも日本で多用される方法で、なるべく痛くないように鍼を刺すもので、必要に応じて震顫や雀啄といった方法がとられる。打鍼は安土(あづち)桃山時代の鍼医御薗意斎(みそのいさい)(?―1616)がくふうしたもので、一方の指で鍼を経穴に当て、他方の手に小さな木槌(きづち)を持って打ち込む方法である。打鍼は主として腹部治療を目的とする独特の流儀とされる。管鍼は江戸時代の鍼医杉山和一(わいち)(1610―94)が考案したもので、細い鍼を管に入れ、管からすこし頭を出した鍼柄(しんぺい)を指でたたいて刺入する。この方法は、皮膚にほとんど痛みを感じさせないため、鍼を行う者にとっても扱いやすい。刺入した鍼を管に入れたまま鍼柄を軽くたたく手技も多用される。現在の日本では、管鍼がもっとも広く行われており、日本式鍼法の代表といえる。 昭和になってからも、鍼にはいろいろのくふうが加えられたが、もっとも多く用いられるのは次の三つである。(1)灸頭鍼(きゅうとうしん) 筋肉内にやや深く鍼を刺して直立させ、その鍼柄にもぐさの小塊を巻き、点火して温める方法である。灸法と鍼法を併用したともいえる手法であり、温補(組織を温める)手技として用いられる。(2)皮内鍼 極端に短くて細い鍼を、皮膚に水平になるように1~2ミリ刺し、2枚の絆創膏(ばんそうこう)で固定し、数日間とどめておく方法である。皮膚はもっとも敏感な組織であるため、皮内鍼の知覚に及ぼす影響はきわめて微少であるが、効果は大きい。また、この手法は、その刺激を長時間持続することができるという、従来の鍼法にはない利点ももっている。(3)電気鍼 鍼と電気の相乗効果を目的としたもので、弱いパルス波を鍼に通し、種々の周波数で刺激を加えようとする方法である。この方法は、中国の鍼麻酔において、数時間にわたる持続刺激が弱いパルス波によって操作されたことにヒントを得たものである。最近では、鍼を刺さずに経皮的にパルス波を与えるだけで、ほぼ鍼治療と同等な効果が得られるとしている人もいる。