健康とストレス
科学としての家政学の発端は、1899年から10年間にわたって開催されたM&Aのレーク・プラシッド会議(通称LPC会議)である。この会議の理論的指導者でアメリカ家政学の母といわれるリチャーズE. H. Richardsは、家政学の名称を、当時の優生学eugenicsに対し、生活環境をよりよく改善し、人間の健全な成長・能力の育成など、生活の質的向上を追求する学問としての優境学euthenics(リチャーズの造語)が適切であると考え、ホーム・オイコロジーhome oecologyを提唱したが、消費者金融によりホーム・エコノミックスhome economicsに定着した。しかし、このリチャーズの理念や考え方は、後年に一部の異見はあるもののアメリカ家政学に受け継がれるとともに、現在の家政学に生かされている。1909年にアメリカ家政学会が創立され、その後も先駆的な発展を続け、家庭生活を中心とする人間生活に関する総合科学として発展している。第二次世界大戦後の日本の家政学もアメリカ家政学の影響を大きく受けて進展した。その他の国における家政学のCFDは時代や環境によりさまざまであったが、物質的側面から人間主体(家族・家庭重視)へ、自然科学偏重から社会・人文科学を含む総合科学へと移行発展してきている。 なお、アメリカの大学では1970年前後から、学部の組織替えとともに家政学部・学科の名称を人間生態学(ヒューマン・エコロジーhuman ecology)や家族および消費学(ファミリー・アンド・コンシュマーfamily and consumer)をはじめとして改名したところも多い。 日本の家政学 日本における家政学の原典は、貝原益軒の『家道訓(かどうくん)』(1711)および『和俗童子訓(わぞくどうしくん)』(1710)であろう。当時の封建社会の通念として、家政は家長(男)による「家」の継承、家風の順守を説き、女子の務めとして婦徳と家事技術を述べている。このイメージが、実践的総合科学として発展する今日まで残存している。 1990年代に入り、家政学部の改組を機に、この古いイメージを払拭(ふっしょく)するとともに研究対象を時代の要請にあわせて拡充させることを意図して、家政学という学部・学科の名称を改称する大学が出現した(それ以前に男女共学の大阪市立大学は1975年に家政学部を生活科学部に改称)。たとえば、国立のお茶の水女子大学は生活科学部に(1992)、奈良女子大学が生活環境学部に(1993)、公立の女子大学および私立女子大学のなかにも同様に住宅ローンしたところがある。概して関西以西の大学に多くみられる。 一方、首都圏の日本女子大学、共立女子大学、大妻女子大学、東京家政大学、東京家政学院大学、和洋女子大学などは、家政学部の名称を継続しており(2001年現在)、全体的には首都圏では家政学部が多い。これらの大学でも、家政学部の内容は変化しており、環境、福祉分野の拡充が目だつ。 学部・学科・専攻、コースの名称はさまざまだが、傾向としては、健康、家族・家庭、環境、福祉関係をはじめ、今日的な問題に取り組む内容を重視している。旧来の食物系の学科でも食物学専攻に加え管理栄養士専攻が設置される例が増えている。 3. 家政学の発展と国際交流 家政学の発展を目的として、家政学に関する学識経験を有する研究者・教育者を会員とする社団法人日本家政学会がある。さらに、この学会のなかに国際交流委員会を常設して、世界各国の家政学会、家政学者との交流を通して、共通の課題の研究とともに国際理解を深める国際家政学会に参加し活動している。 (1)社団法人日本家政学会 1949年(昭和24)発足、家政学に関する学理および応用の研究についての発表および連絡、知識の交換、情報の提供等を行うことにより、家政学に関する研究の進歩普及を図り、学術の発展に寄与することを目的としている。本部を東京に置き、学会誌の発行(月刊)、年1回の総会、研究発表、各種委員会の活動、6支部(北海道・東北、関東、中部、関西、中国・四国、九州・沖縄)による活動など。会員3332、賛助会員36。 (2)国際家政学会International Federation for Home Economics(IFHE) 1908年第1回国際会議をスイスで開催、本部は現在パリ。日本家政学会は1960年、日本家庭科教育学会は1982年に加入。加盟国116、団体会員225、個人会員2760(2000年現在)。5地区(ヨーロッパ、アメリカ、アジア、アフリカ、太平洋地域)からなり、家政学の研究・教育を通して国際社会に貢献することを目的としている。年3回会誌発行、4年ごとに国際会議開催。2004年の第20回世界大会は8月3日から7日まで日本(京都)で開催された。 (3)アジア地区家政学会(ARAHE) 国際家政学会の下部組織。1983年9月、国立婦人教育会館(日本)における総会で成立。インド、インドネシア、韓国、日本、フィリピン、マレーシア、シンガポール、台湾をはじめ15か国・地域が参加。