健康とタバコ

茎は高さ2メートルになり、長さ約60センチメートルの葉を互生する。葉の形は長紡錘形、長心臓形など品種により異なるが、1本の茎に30枚ほどつき、茎の中部から上部の十数枚ないし20枚が収穫され、利用される。また、葉身の基部が発達せず葉柄があるようにみえる品種群と、葉身の基部が発達して無柄にみえる品種群とがある。花は筒状の合弁花で、花色は白色、桃色、赤に近い桃色などがある。雄しべ5本、雌しべ1本、花冠の先端は5裂する。種子は長径0.7~0.8ミリメートル、短径0.5~0.6ミリメートルと小さく、赤褐色ないし黒褐色のやや平たい卵形で、表面に波状の凹凸がある。葉を乾燥させ、紙巻きたばこや葉巻たばこ、パイプやキセル用の刻みたばこなどをつくる。 分類 タバコ属植物はいくつかの栽培種のほか、野生種も知られている。本種以外の栽培種としては、主として塗装工事とするマルバタバコN. rustica L.のほか、観賞用とするオオタバコN. tomentosa Ruiz et Pav.やハナタバコ(ニコチアナ)N. sanderae hort.、キダチタバコN. glauca Grahamなどがある。マルバタバコは黄色みを帯びて、葉には長い葉柄があり、先端は名のごとく、タバコに比べて丸く、とがらない。品質はタバコに劣るが、早熟性なので、かつておせちを中心として南アメリカの高地や寒冷地、およびドイツ、スイスなどで栽培されたが、現在は喫煙用としての利用はほとんどない。葉のニコチン含量がタバコに比べて高く、ニコチン採取用として栽培される。オオタバコやハナタバコは花の美しい種類で、欧米では品種改良も行われて花壇などに利用されている。またキダチタバコは予備校として利用される。 なお、観賞用の品種の栽培は自由であるが、喫煙用のものは日本では「たばこ事業法」(昭和59年法律68号)によって、日本たばこ産業株式会社と契約した者だけが栽培することができる。 起源と伝播 タバコ属の野生種には二倍種、四倍種ほか、異数性も含む約60種がある。シルベストリス種N. sylvestris Speg. et Comes.、トメントーサ群(トメントーサ種N. tomensa Ruiz. et Pavon、トメントシフォルミス種N. tomentosiformis Goodsp.、オトフォラ種N. otophora Grisebach)、パニキュラータ種N. paniculata Ruiz. et Pavon、ウンジュラータ種N. undulata L.は二倍種であるが、栽培種のタバコやマルバタバコは四倍種である。 タバコは、シルベストリス種とトメントーサ群の1種との自然雑種がまず生じ、引き続きおこった染色体倍加によって成立したものである。シルベストリス種とトメントーサ群のそれぞれとの交雑による人為合成種を育成した場合、種子稔性(ねんせい)を示すのはオトフォラ種のみで、しかもオトフォラ種はシルベストリス種と共通した分布域をもっている。したがって、トメントーサ群のなかでも、オトフォラ種がもう一つの祖先種である可能性が高い。その起源地は、両祖先種の共通分布地域であるアルゼンチン北部のサルタ地域とそれに接するボリビア南部地域である。しかしこれの野生種は発見されていない。もう一つの栽培種マルバタバコはパニキュラータ種とウンジュラータ種との二倍種間の自然雑種が生じ、引き続きおこった染色体倍加によって起源された四倍種である。その起源地は、両祖先種の共通分布地域と推定されるので、ペルー、ボリビアの中央アンデス地帯3000メートルの高原、しかも太平洋側の西斜面と推定される。これの野生種は、エクアドル南西部の標高2300~2800メートル、ペルーとボリビアの国境地帯のアンデスの西側の標高2000~3600メートルの乾燥地帯で発見されている。 この二つの栽培種のうち、マルバタバコがまず成立し、北方のメキシコ、北アメリカ南西部、東部から北東部、カナダ南部まで広がった。その後、今日喫煙用に栽培されるタバコが起源され、マルバタバコにとってかわった。これが南北両アメリカ大陸に広がり、コロンブスによる「新大陸発見」(1492)当時、北アメリカ北部と南アメリカ南端を除く9割以上の地域で栽培され、喫煙の風習があった。ヨーロッパへは1518年にスペインに導入されたのが最初である。その他のヨーロッパ諸国へは16世紀後半に次々に導入された。トルコへは1850年にエクアドル、コロンビアから導入され、トルコ葉の成立をみた。 アジアへは1571年にスペイン人がキューバからフィリピンに導入したのが最初である。今日、フィリピンで栽培される品種はマニラ葉と称され、優秀品種の一つとなっている。中国大陸へは台湾経由で1600年に福建に入り、その後大陸南部、中部に伝えられ、ビルマ(ミャンマー)へと伝播(でんぱ)した。インドへはポルトガル人が1605年にブラジルから導入し、1610年にセイロン島へ伝えられた。日本へは慶長(けいちょう)年間(1596~1614)に薩摩(さつま)(鹿児島県)の指宿(いぶすき)港に入り、長崎に伝えられ、さらに宝暦(ほうれき)年間(1751~64)に浦賀(うらが)港に入り、全国に栽培が普及した。その後品種が増え、1897年(明治30)の専売制移行当時の品種は170種に及んだ。